36早稲田日本語教育実践研究 第3号/2015/33―42生の出した疑問や問題点などについて,ここで教師の意見や解説を入れることは極力控える。なぜなら,ここで教師が解説や講義をすると,受講生は自由に考えたり,意見表明をすることを躊躇するようになるからである。教師は,どんな意見にも耳を傾け,同感し,他の受講生にそれらの意見に対する感想や意見を求めるようにする。この点が,コース全体を通じてクラス内の支持的風土を醸し出すことにつながる。最後に,コメントシートの「今日の授業のコメント」欄に感想などを自由に書くように指示し,授業が終了する。以上が,第1ステージの授業の流れである。第1ステージは,受講生がライフストーリーを読むことに興味を持ち,慣れることが主眼であるが,次の第2ステージでは「ライフストーリーから考える」ことに焦点が移る。授業の進め方は,第1ステージと同じであるが,コメントシートの問は少し変化する。コメントシートには,3つの欄が用意されている。左から右へ,「気になった点・興味深い点」「そのことからどんなことが考えられるか」,そしてそれらは「どんなテーマになるか」について,受講生が自由に書くような欄が作られている。これは,受講生がライフストーリーを読んで気づいた点の背景にどのような問題があり,さらにそのことがどのようなテーマにつながっていくのかを自分で考えることがねらいである。つまり,ライフストーリーから課題を抽出し,それを抽象的なレベルまで引き上げて考える訓練になっている。それは,大学生としてのアカデミック・リテラシーの育成にもつながる作業である。次の第3ステージのテーマは,「ライフストーリー調査の準備」である。9回目の授業は,「調査をどのように進めるか」と題して,講義形式で行う授業である。この段階で,コースの最後に,ライフストーリーを書く課題があることを説明する。その課題は,テキストにあるような「移動する」経験のある人にインタビューをしてその人のライフストーリーを書くか,あるいは,自分の「移動する」経験を中心に自分のライフストーリーを書くかという課題である。したがって,この回の授業の内容は,「ライフストーリーとは何か」から研究方法(量的調査と質的調査,仮説検証型と仮説生成型),調査の倫理などを解説する。そして,最後に,「あなたにとって,ライフストーリーを聞き,あるいは考え,ライフストーリーを書く意味は,何でしょうか。」と問い,受講生一人ひとりにとってライフストーリーを書くとは何かという問いに向き合い,自分の意見を書くように指示する。9回目の授業でこのような授業をする理由は,それまでテキストにある他者のライフストーリーを今度は自分が書くということを意識させ,受講生に「ライフストーリーを書く」という課題の準備をさせるためでもある。10回目と11回目は,再びテキストのライフストーリーを読むのだが,コメントシートの問は,「これまでの語りと違う点・同じ点」は何か,「そのことからどんなことが考えられるか」,そして「そのことについて,あなたの意見は?」となる。つまり,この段階になると受講生は複数のライフストーリーを読んできているので,比較することができるようになっている。あるいは,他のライフストーリーと比較し,考察することを促す。これも,アカデミック・リテラシーの育成を考えたしかけになっている。続く12回目からは第4ステージに入る。第4ステージのテーマは,「ライフストーリー調査の実施」である。受講生がライフストーリー・インタビューを想定できるように,実際にインタビューをしている映像を見せるか,あるいは,幼少期より複数言語環境で成長
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