早稲田日本語教育実践研究 第3号
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33川上郁雄/複言語で育つ大学生のことばとアイデンティティを考える授業実践キーワード: 複言語・複文化主義,移動する子ども,ライフストーリー,アイデンティティ,アカデミック・リテラシー1.「移動する時代」と大学生For Languages)」を支える基本的概念の複言語・複文化能力をめぐる実践研究として言語2.授業実践の概要早稲田日本語教育実践研究 第3号 今,幼少期より複数言語環境で成長する子どもたちが,世界的に増加している。そしてそのような背景を持つ大学生が日本国内外で日本語を学ぶ状況が見られ,彼らに関する調査研究が多数進められている(川上・尾関・太田,2011,脊尾,2014,Yoshimitsu, 2013ほか)。これらの先行研究は,学習者の日本語習得よりは言語学習における学習者の主観的意味世界に注目している点が共通する。一方,言語学習における学習者の主観的意味世界についてはこれまでも探究されてきた。たとえば,「ヨーロッパ 言語共通参照枠(Common European Framework of Reference 使用者(言語学習者)が言語バイオグラフィや言語ポートレートを作成することによって自らの複言語能力をメタ的に捉える実践はその例である(Busch, 2012,姫田,2012ほか)。これらは言語使用者が自らの中にある複言語能力を意識し可視化することを可能にし,自らのアイデンティティと向き合うきっかけとなる実践といえよう。本研究は,このような言語使用者の主観的意味世界に注目し,複言語とアイデンティティに焦点を置く先行研究の流れに位置づけられる実践研究である。この実践研究は,複数言語環境で成長した大学生や単言語で成長した大学生がともに自己のことばの様相にどう向き合い,ことばの学びを捉え直すかをテーマにした,大学教育の授業実践である。したがって本稿は,実際に行った15回の授業を振り返りつつ,上記のテーマにそった15回の授業がどのようにデザインされたのか,またその意義を検証することを目的とする。以下,授業実践の概要,授業記録,受講者の例,考察とまとめの順で論を進める。本研究のもととなる授業は,早稲田大学日本語教育研究センターで2011年度から4年間,5セメスターで実施された。科目名は「「移動する子ども」のことばの教育学」で,学部学生,大学院生,短期留学生など40名から60名が毎回受講している。テキストは,川上郁雄編(2010)『私も「移動する子ども」だった―異なる言語の間で育った子どもた【ショート・ノート】複言語で育つ大学生のことばとアイデンティティを考える授業実践川上 郁雄

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