早稲田日本語教育実践研究 第3号
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22早稲田日本語教育実践研究 第3号/2015/9―247.今後の総合クラスにおける音声指導への提案提ともなるが,教師2名のインタビューにもあったように,各学習段階における音声指導の到達目標が明示されていないことであり,それが実際の指導を難しくさせていたと考えられる。「このレベルの学習者は何を到達目標として,どこまでどう指導することが必要なのか」の指標は,文法の指導などと同様,音声指導にとっても不可欠である。まず到達目標があり,その目標を達成するために教材を作成・使用するというのが順序であり,到達目標が明確でなければ,教材を開発しても,効果的な使用に繋がらないのは音声教育においても自明のことである。それでも,聴解や作文,文法といった分野においては,教科書本冊に準拠した教材が刊行もしくは公開されていることも多い。一方,音声についてはそれが極端に少ないという現状にあると言える。これは上述の三つ目の問題点とも関連するが,特に総合日本語の枠組みの中において,指導すべき音声項目の体系化が成されておらず,そのためレベルごとの明確な到達目標が設定しにくいという現状が挙げられるだろう。話し手によって産出される音声は,それだけでは目に見えず,時間の流れに従って消え去ってしまうものである。意識的に記録などで残さない限り,学習の積み上げの成果が見えにくく,他の技能のように産出されたものからレベルや到達度を判断することが難しいという側面がある。また,音声の産出は発声器官の複雑かつ組織的な運動によって成されるものであり,意志のみでは制御しにくい。目標となる音声にどれだけ近づいたのかという到達度は,学習期間の長さや練習頻度,言語知識の量や日本語のレベルに必ずしも比例するものではなく,学習者の個別的能力の影響を受ける場合が多い。日本語のレベルが高くても,音声面に問題のある学習者も存在し,その逆の場合もある。このような音声に内在する特異性が,音声指導をつかみづらくしている一因とも考えられる。以上の音声の特異性をも踏まえた結果,筆者らが出した結論が「教師が教え込むのではなく,学習者自身に発音に対する意識を持ってもらうこと」であったが,そこから一歩進んでより具体的な指導方法を模索していく必要があるだろう。また今回の調査から,改めて,教師の教育観は一人一人異なり,それぞれの指導に強く影響することが実感された。指導項目が同一でも,授業に対する考え方,作りたい教室やそこに至るプロセスは異なる。だからこそ,各段階における到達目標の明示と,教材のねらいや目的,指導方法の共通理解・共有が必要となる。特に,音声指導を専門としていない教師が多く存在する総合クラスにおいては,それらが明示されることで,教師が迷いなく音声指導が実践できるようになるはずである。以上,開発した教材に対するアンケート,及び教材を使用した教師の実践記録とインタビュー調査の結果について分析を行った。それにより,各段階における到達目標の明示と,教材のねらいや目的,指導方法の共通理解が不可欠であることがわかった。各段階における到達目標を明示するためには,まず,総合クラスの指導項目と照らし合わせながら,どのような音声項目の指導が可能であり,必要になるかの選定が必要であろう。例えば,初級初期では,仮名の指導が行われることが多い。従ってこの段階では仮名

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