10早稲田日本語教育実践研究 第3号/2015/9―242.問題の背景と教材開発の視点本論に入る前に,なぜ総合日本語クラスで音声指導が行われにくいのかについて整理しておきたい。まず原因の一点目として挙げられるのが,1)音声指導にかける時間がない(戸田2009),ということである。総合日本語クラスは授業の進度が厳密に決められ,なおかつティームティーチングで行われることが多い。授業のスケジュールを守ることが優先され,個々の教師が音声指導を行いたいと思っても時間が取れないという現状が考えられる。二点目としては,2)音声指導についての方法論の問題が挙げられる。「音声指導は医者のように,言語教育とは異なる専門性によって行われるべきという意識も感じる」という須藤(2013)の指摘のように,音声指導に対してある種「職人技」のようなイメージを持たれることもある。音声指導は学習者の発音の間違いを的確に分析し,かつ効果的に「矯正」すべき,というイメージを持つ教師も少なくないことが考えられる(阿部他2014)。その背景には日本語教師養成における音声学の位置付けなどの要因も考えられるが(嵐他2012),総合日本語クラスにおける音声教育の方法論が未だ確立されていないことも大きい。そのため,指導したいと思っても方法がよく分からないという声も聞かれる。さらに三点目としては,3)音声指導用の教材の問題が挙げられる。近年,音声教育のための優れた教科書が数多く出版されているが,それらは音声表現に特化した授業で使うことを念頭に置いたものや,総合日本語クラスの授業内容とは別に授業の一部の時間を使って指導を行うことを意図したものがほとんどである。しかし総合日本語クラスの授業は,主教材となる教科書を中心に行われることが多い。音声指導の時のみ,教科書以外の教材を使うことは,時間的制約や授業内容との関連からも難しいと考えられる。筆者らが所属,または所属していた早稲田大学日本語教育研究センター(以下,CJL)には,「総合科目群」「テーマ科目群」の日本語科目がある。このうち,「総合科目群」の中に「総合日本語」という科目があり,初級の総合日本語1から上級の総合日本語6までのクラスが設置されている。学習者は自分の日本語のレベルを基準にして好きな授業が選択できる。CJLの「総合日本語」の特徴として,コーディネーションの担当者が定めたスケジュールによってティームティーチングで授業が行われること,また主教材を中心に「読む」「聞く」「書く」「話す」の力をバランスよく伸ばすことを目指していることなどが挙げられ 2),上述したような,音声指導が行われにくい総合日本語クラスと重なる現状にあると言える(以下,このCJLの「総合日本語」と同類の枠組みでの授業形態を「総合クラス」と呼ぶ)。筆者らが今回,教材に関する調査や実践を行ったのは,総合クラスのうち,初級前半の「総合日本語1」ならびに初級後半の「総合日本語2」である。筆者らは,所属機関の現状を顧みても,先述のような1)時間がない,2)指導の方法が分からない,3)適した教材がない,という問題点を解決することが,総合クラスにおける音声指導のための補助教材開発のポイントであり,同時に総合クラスで音声指導を行っていくための要点であると捉えた。まず問題点の1)については,音声指導を特別な授業活動と考えず,主教材に基づく授業活動の中に位置付けることで解決を図ることにした。また問題点の2)については,学習者の音声を教師が完璧に「指導」するのではなく,学習者自身が日々の授業で自分の音声に注意が向けられるよう,「意識化」を促進してい
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