田所希佳子/「会話者意識」を用いた意識化促進のためのコミュニケーション教育様子がうかがえる。5―3.キムキムは,韓国で2年間日本語を独学し,8カ月前に来日した,29歳の修士1年生である。独学で辞書を使いながら辞書形から覚えたため,普通体のほうが楽で便利であるという。ワークシートでは,丁寧体や普通体自体は本で勉強し,ドラマを見ながらその使い分けを学んだが,具体的な使い分けは,「日本で大学院研究室で日本人学生が話すのを見て詳しく分かるようになった」と記述していた。困難点については,相手が年下の時など,丁寧体を使うべきか,使わなくてもいいのかの判断に困ることがある,初対面の相手から普通体で声をかけられた時に戸惑うとのことであった。5―3―1.スピーチレベルの決定要因は距離感か授業後「距離感はすごく何か気にするようになりました。」と述べていた。「何か距離によって決められるとは思わなかったです8)。ただ年によってそういう風になるのかと思ったんですね。」という。キムは韓国人であり,母語にも日本語のスピーチレベルに類似した言語体系が存在する。しかし,韓国語は年齢が判断基準となる一方で,日本語は年齢以外にも様々な要因が存在すること,特に相手との距離感が要因になることに驚いたという。「韓国では同い年であればまあ普通体を使うんですけど,私の研究室では同い年で仲がよいんですけど,何かですます形,体を使っていて,何か仲がよく見えるんですけど,本当は二人の間に何か距離感があるかなあって。そこで何か微妙な差があるのか,って思ったんですね。」と述べた。研究室内の人物のスピーチレベルに注目し,その要因を距離感という観点から分析するようになった様子がうかがえ,意識化が促進されたといえる。5―3―2.普通体使用が難しい理由普通体使用に関しては,「使いたいんですけど。それが本当に。むしろ年の何か関係によって決められたら,何かはっきりする感じがする気がするんですけど。」というように,年齢だけではない複雑な要因が絡んでいることが,普通体使用を難しくしていると述べた。キムは年齢が29歳で修士1年であるため,周りの同級生は年下になる。「私本当に何かフレンドリーになりたいので,私は何か勇気を出して(筆者注:普通体を)使ってるんですけど,向こうから何かですます体に答えが来ると「あぁやっぱり」何かそんな感じですね。「ああならないのか。年のギャップは何か克服できないのか」って思っちゃうんですね。(中略)私が先に使っていいのか,私はとにかく上,年上にしかならないので,相手も普通体で答えてくれるなら,まあ全然いいんですけど。そうですね。何か不平等な関係で。」というように,自分が普通体で相手が丁寧体になると,不平等に感じるため,相手にも普通体で話してほしいが,年齢の問題もあり,なかなかそうはならないという葛藤が見られる。しかしその悩みは,意識化が促進され,考えたからこその結果であるともいえる。75
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