早稲田日本語教育実践研究 第2号
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田所希佳子/「会話者意識」を用いた意識化促進のためのコミュニケーション教育4.方法実際のコミュニケーション場面は,より複雑で個別的であるが,三牧は敢えて指導しやすいよう,単純化したと考えられる。確かに,単純で一般的な項目は指導がしやすい。しかし,それは教室の内と外の乖離を生む。それでは,教室外の実際のコミュニケーション場面においてスピーチレベルを使い分けられるようになるために,以上の指導項目にどのような要素を加えればよいのか。まず,スピーチレベル選択の前提となる人間関係の把握の仕方を扱うことが必要である。目の前にいる相手が同等なのか,上位者もしくは下位者なのかを判断することができなければ,スピーチレベルを使い分けることも当然不可能である。また,人間関係の把握以外の,スピーチレベルを左右する要因についても指導項目に含めなければならないだろう。相手の属性,場の雰囲気,自分の気分(フレンドリーに接したいか)など,あらゆる要因により,スピーチレベルは変化するものである。そこで参考になるのがウォーカー(2011)の実践である。ウォーカーは,待遇コミュニケーション理論に従い,スピーチレベル選択に関わる様々な要因(人間関係,場,意識など)に気づかせることを目的とし,映像メディアを活用した授業及び日本語母語話者(小学生,高校生)との交流活動に基づく「観察タスク」を行った。これらの実践は,スピーチレベル選択の多様な要因に関する学習者の「気づき」を解明している点に意義がある。本研究においても,多様性に注目し,会話の文字化資料と「会話者意識」を材料に話し合うことによって,スピーチレベルの選択と理解に関する意識化促進を行う。そして,どのような場面でどのような理由によりどのスピーチレベルを選択するのか,どのような理由により相手のスピーチレベルをどう理解するのかといったことを考える力(=スピーチレベル観)を育成することを目指す。なお,多様性と同時に,学習者の個別性にも注目する必要がある。田所(2012)では,相手が普通体を用いていても,丁寧体を使い続けたいという気持ちを持つ学習者の事例があり,学習者の持つスピーチレベルに対する個人的感情や好みを考慮しないことには,学習者自身が納得した上でスピーチレベルを使い分けられるようにはならないと指摘している。そこで,学習者一人一人が授業内容をどのように既有知識や価値観と結び付けるのか,どのように日常生活における実際の場面とスピーチレベルを結び付け,自分自身と結び付けるのかという個別的な学びのプロセスを,授業実践後のインタビューにより明らかにしていくこととする。4―1.映像教材の作成限りなく日常生活のコミュニケーション場面に近い会話を録画するため,同じ寮に住む日本人/留学生と親しくなりたいという気持ちを持つ留学生/日本人を対象者とした。居住者であれば誰でも閲覧可能な掲示板に紙媒体で日本人/留学生と親しくなりたい者を募集した。その際,調査として録画した後インタビューする旨も記した。その後,連絡をしてきた対象者を初対面同士に組み合わせ,20分間自由に会話をしてもらい,録画した。これらは早稲田大学日本語教育研究科・日本語教育研究センターの研究調査倫理審査委員会の承認を得た上で行った。67

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