早稲田日本語教育実践研究 第2号
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早稲田日本語教育実践研究 第2号/2014/65―792.本研究の目指す会話教育3.スピーチレベル教育の概観と本研究の位置づけ(三牧2007: 64)る能力は育成されなかった。1990年代以降,多文化共生社会を目指す動きの中で,母語話者の一般性の追究はステレオタイプを生むという批判(佐藤・ドーア2008など)が生まれるようになった。「個」の文化の主張(細川2005)をはじめ,個人の多様性と個別性を尊重する人間教育としての日本語教育の動きが強まった。しかし,同時に,ある特定の場面を切り取る会話教育そのものも批判の対象となり,活動型(細川・蒲谷2008)のような,場面を考慮しない表現・理解の教育に移行していった。以上のように,会話教育が多様性と個別性を重要視せず,一般性を追究してきた一方で,多様性と個別性を追究する立場からは,会話教育そのものが批判されてきた。多様性と個別性を尊重した会話教育を教室内で実現することには困難が伴う。なぜなら,教室には時間と場所の制限があるため,日常会話の場面を何らかの観点で切り取り,単純化しなければならないからだ。その限界を乗り越えるため,本研究では,教室とは日常生活において自覚を持ってコミュニケーションを行うための意識化促進2)を行う場であると位置づける。会話教育は教室内で完結せず,日常生活においても継続して行われるものであり,教師は学習者が自らのコミュニケーション観を模索していくための支援を行う存在となる。教室内では,会話をプロセスとして捉え,「会話者意識」(話し手としてなぜそう表現したのかという根拠となる考えやその際の感情,及び聞き手として理解する際の考えや感情)を可視化し,その多様性と個別性をクラスメイトと共有することによって,意識化促進を行う。本研究は,その試みの一例として,スピーチレベルに関する授業実践を行った。まず,理論的背景を説明し,教材作成及び授業実践について述べた後,学習者の学びをもとに考察する。スピーチレベルは,その用語の選択と定義,分類方法,データの種類が研究者によって様々である(宮武2009)。本研究では田所(2012)に従い,スピーチレベルとは文末形式の文体の丁寧さであると定義し,丁寧体・普通体・中途終了型発話の三分類を基本とする。スピーチレベルは,OPI(Oral Profi ciency Interview)の基準で,適切に使いこなせるのは超級であるとされているように,習得が困難な項目である(三牧2007)。三牧(2007)では,初級,中級,上級・超上級に分けて,スピーチレベルの指導についての提言が述べられている。例えば,中級では,具体的指導項目として以下の点が挙げられている。同等の相手との会話:必ず同一の基本的SL(筆者注:スピーチレベル)に設定すること上下関係がある場合上位者は丁寧体か普通体かを選択可。下位者は丁寧体基調。66

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