早稲田日本語教育実践研究 第2号
69/102

Communication Education Promoting Consciousnessby Focusing on the Mental Process of Speakers and Listeners:A Practical Case Study for Speech Style田所希佳子/「会話者意識」を用いた意識化促進のためのコミュニケーション教育本研究では,日常生活において自覚を持ってコミュニケーションを行うために,教室の中で意識化促進をいかに行うかを考察することを目的とし,スピーチレベルに関する授業実践を行った。まず,スピーチレベルの選択と理解に関わる複雑で個別的な要因を含めることを目的として,接触場面初対面二者間会話を録画し,映像教材を作成した。その会話の文字化資料及び「会話者意識」の文字化資料を用いて,ワークシートを作成し,話し合い中心の授業実践を行った。学習者の1か月後のインタビューからは,日常生活において相手との人間関係を考えながらスピーチレベルを選択・理解する意識が高まったことが確認された。日常生活を切り取った一部分を教材とし,その背景にある意識をも扱ったことにより,教室の内と外の乖離を乗り越え,日常生活における意識化を促進させることができたといえる。以上により,多様性と個別性を尊重した会話教育の可能性を示した。キーワード:会話教育,接触場面,初対面会話,映像教材,実践研究要旨651.会話教育の変遷田所 希佳子論 文会話教育は,場面(人間関係・場)に応じた音声による表現・理解の教育であり,日本語教育において最も重要なものの一つである。人は社会の中で生きている。社会は相互尊重に基づく自己表現(蒲谷2012)を行う場である。学習者が日本語を用いて相互尊重と自己表現に基づいた会話を実現するためには,場面を考慮した会話教育が必要である。これまでの会話教育における最大の問題点は,教室外の言語行動の多様性と個別性を重要視してこなかったことにある。日本語教育における会話教育の転換点となった1970年代のコミュニカティブ・アプローチの出現以前,教室内では「正確さ」が重視され,教師が教室内の文法や語彙をコントロールし,一般化した事項をモデルとして学習者に提示する傾向にあった。その後,コミュニカティブ・アプローチの影響により,「流暢さ」重視へとパラダイムシフトした。ネウストプニーとその継承者たちによる「学習者の解放」1)は,教室外の接触場面を教室内に取り込むという新しい視点をもたらした。しかし,母語話者の言語行動に一般性を見出し,それを規範として学習者に提示するという図式は固定されたままであった。そのため,教室外の多様な場と個別的な相手に臨機応変に対応でき「会話者意識」を用いた意識化促進のためのコミュニケーション教育―スピーチレベルに関する授業実践を例に―

元のページ  ../index.html#69

このブックを見る