No.5,11の両方に書いていることから,普遍的に思っていることだと考えられ,A&T早稲田日本語教育実践研究 第2号/2014/25―44を忘れてしまいました。あとでとてもかなしかったです。No.11「5年後の私」5年後私はたぶん大学いんせいでしょう。(中略) 日本の家は高いから,たぶんアメリカに住んでいるでしょう。今◎◎◎に住んでいます。でもうるさいしさむいし,それできっとほかのところにすんでいるでしょう。Cは,自分の住んでいる町はうるさいし,寒いことに不満をもっている。これは,(1973)の(1)(3)にあてはまる。松島(2004)ではNo.5が(8),No.11が(6)に該当し,それぞれに「内面的自己開示」が見られる。No.7では,時計を無くした悲しい体験を書いている。これはA&T(1973)の(3)(4)(6),松島(2004)の(7)にあてはまる。学生DNo.14「子どものとき」こどもの時は「早く宿題をしろ」とよくいわれました。こどもの時はもんががすきでした。毎日2時から3時までくらいもんががみました。宿題の時間はない。母と父はひびしいですから,毎日「早く宿題をしろ」とよくいわれました。こどもの時は私はわるいこどもです。毎日宿題をしない。毎日ともだちと一緒に運動しました。毎日私は母に「早くかわれる」と言われました。こどもの時はすいかがすきでした。ももとみかんがもすきでした。毎日あまりすいかはたべました。あまりすいかはたくさんですから,体はわるいです。そのときは私は母親に「いまからすいかたべるな」とよくいわれました。こどもの時はむしがきらいでした。いま私もまだきらいです。そのときは,毎日ともだちと一緒にむしがころしました。いま私はやさしひとです。むしがもまだきらいです。でもころしませんね。No.20「日本にきたばかりのとき」日本にきたばかりの時,寮の先輩ははなせなかったです。(中略) 日本に来たばかりの時,大学の生活は,おもしろいはずですのに,いまの生活はつまらないです。No.22「子どもにさせたいこと」私は子どもに自分がやりたいことをさせたいです。たとえばいるいるなくにのこを勉強させたり。料理を勉強させたり一人で旅行させたりいるいるな経験をさせたりしたいです。子どもにじしんとせきにんをもさせたいです。しゃかいでいるいるな不公平なことがありますから子どもが慢させたいです。自分のアイデアはたいじなものですから,子どもに自分のことは自分できもせたいです。Dは授業開始後から,基礎力不足のため,テストの点数も低く,教室活動も困難な状態であったため,作文を書くことだけに精いっぱいであり,初めの頃は,「深い自己開示」は見られなかった。No.12まで,松島(2004)では,×か,「表面的自己開示」に該当するものだけであった。しかし,授業開始後中盤から,日本語力も伸びてきて,No.13,14,15,17,19,20と,A&T(1973)の(3)と松島(2004)の「内面的自己開示」を示し,徐々に自己開示が深まったように思われる。No.14では自分が幼いとき,悪い子供であったと考えている。弱点ではないが,子供の頃のことを書くときに,ほめられたことなどを書か36
元のページ ../index.html#40