早稲田日本語教育実践研究 第2号
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でwantやneedは使用しないことなどへの気付きを振り返った。しかしこの学習者は,第萩原章子/日本語学習者によるEメール作成Chen(2006)は,第二言語話者が目上への適切なEメールを書くのが困難な理由として,け取ってもらえず,逆に相手側から要求を受ける結果となった例を報告している。これらの報告から第二言語学習者の場合,相手側が依頼を受けた際の心理的負担を緩和する必要性や,自分自身が伝えるべきことが十分わかっていても,適切な表現法を理解していないために,主張と丁寧さのバランスを欠いた文章に陥りがちであることが示唆される。第二言語による不適切さが特に依頼文に顕著に表れるのは,日本語や中国語における文章の場合,「事前依頼ストラテジー」が一つの要因として考えられる。日本語では依頼者は「恐れ入りますが」「実は,お願いしたいことがありまして」といった表現を用い,依頼を受ける側の読み手の心理的負担や依頼の唐突さを緩和させようとする(Izaki 2000,佐々木1995)。しかし他言語においては,このような表現から依頼を始めることは不自然である可能性が高い。仮に日本語母語話者が英語でʻIn fact, I have a favor to ask.ʼのような表現から始まる依頼文を書いたら,英語母語話者に奇妙な印象を与える可能性が高い。また依頼を文章のどこで述べるかも言語によって習慣が異なる。Chang and Hsu(1998)の中国語母語話者と英語母語話者の英文Eメールを比較した研究では,母語によって文章構成が大きく異なることが明らかになった。中国語母語話者には,依頼する理由を文頭から詳しく説明し依頼文は文章の最後に書く傾向が見られ,一方英語母語話者には,依頼文を文頭近くに書く傾向が見られた。これらの報告から,第二言語使用者は自分の母語において一般的な文章の構成を第二言語でも使用してしまう傾向がうかがえる。学習者にとって第二言語で目上への文章を作成する際に改善が困難である点,逆に学習によって改善が比較的容易である点は何なのであろうか。第二言語学者の気づきが,目上にあてたEメールにどのように反映され変化していくのかを把握するため,Chen(2006)はある一人の台湾出身の大学院生が指導教官に送った英文でのEメールの変化を2年半に渡り調査した。その結果,第二言語である英語でEメールをやりとりする経験が増えるにつれ,簡潔さの向上,適切な助動詞を用いた改まった間接的な依頼表現の増加,過剰なへりくだり表現の減少,相手が要求を受け入れなければならない負担を減らす表現の増加等が見られた。Chenはその変化の要因として,学習者が自分宛てに送られたEメールを見る機会が増えたことを挙げた。Chenの被験者は,二年間半に渡る指導教官へのEメール作成を振り返った事後インタビューを通じ,大学関係者からの事務的な要件に関するEメールは概して簡潔で個人的な感情は表さないことや,英語母語話者は要求を伝える文章二言語における傾向に気が付いても,その気付きを自分のEメールにあえて反映させないこともあった。最後までこの学習者が変更を受け入れなかったのはEメールの構造で,この学習者は2年間半を通じて挨拶や依頼をしたい理由を述べた後,最後に依頼文を記入していた。これはこの学習者自身の「真っ先に願い事を書くのは直接過ぎて失礼にあたる」という考えに基づくものであった。適切なメールを読む機会の少なさを挙げた。そして学習者が適切なEメールの書き方に気づくようになるには,長期間に渡る第二言語での経験が必要であると分析した。学習者は教授からのメールを読む機会はあっても,自分と同じ立場にある学生が英語で教授にあてて書いたメールを読む機会がない上,読み手である教授にEメールの不適切さを指摘11

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