早稲田日本語教育実践研究 第2号
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早稲田日本語教育実践研究 第2号/2014/9―242.先行研究Maier(1992)は,主に日本語を母語とする英語学習者と英語母語話者の英文ビジネス手な負担を軽減し,よりよい文章を作成する方策として,書き手中心から読み手中心へ移行する書き作業を提案した。それはまず初めは形式や構成などにこだわらず,自分の書きたいことだけに集中し,次の段階で初めて読み手を意識し,初めの段階では敢えて触れないでおいた細部の表現にとりかかるというように,二段階に分けて文章を完成させる書き方である。第二言語学習者にとって,文章作成の際に内容以外に第二言語の形式や習慣まで考慮に入れることは,相当な認知的負担を伴うので,このような二段階文章作成は,第二言語学習者にとって特に有効であると考えられる。本稿では,このFlowerが提唱する二段階文章作成を,日本語を学ぶ学習者のEメール作成に取り入れ,学習者のEメール文章がどのように変化するのかを観察した。さらに,第二言語話者が気づきにくい項目を書き直し前に明示することの効果も検証した。二段階文章作成は学習者による気づきを促す活動であるので,自律学習を促すという目的において有意義であると考えられる。これまでの第二言語母語話者の文章作成に関する研究では,学習者は自分の母語文化の基準を用いて文章を作成する傾向にあることが報告されている(Leki, 1990; Subbiah, 1992)。ビジネス目的の手紙を作成する際,誰の視点に重点を置いて文章を構成するかは言語によって異なる(Jenkins & Hinds, 1987)ので,読み手と書き手の使用する言語形式が同一の言語でない場合,二者の間にずれが生じることが予想される。Jenkins and Hindsによると,英語の手紙では読み手を説得することに主眼か置かれ,書き手は読み手に応じて構成や言葉遣いを選択するべきであり,また読み手に対する親しみを表現することも大切である。一方フランス語では,書き手の意図を正確に伝えることが重要で,読み手を考慮することには重点が置かれない。そして,日本語の場合は読み手と書き手という視点の違いを意識するよりはお互いがよい関係を保つことに主眼が置かれ,論争を避け丁寧さを表現することが大事だとしている。このように母語において異なる基準を,学習者が無意識に第二言語の文章に取り入れた場合,書き手としての意図が読み手には否定的な印象を与える恐れがある。第二言語学習者による改まった場面での不適切な文書の例は数多く報告されている。紙における丁寧表現の比較し,学習者の文章は英語母語話者と比較すると直接的かつ口語的なため,正確性の上からは全く問題がないのに関わらず否定的な印象を与える可能性を指摘した。読み手の心理的負担を適切に緩和する必要性は日本語の文章に限ったことではないが,第二言語学習者にとっては適切な表現の選択は難しい。母語による表現の違いは依頼をする文章に顕著に表れる。Hartford and Bardovi-Harlig(1996)は,英語を第一言語とする大学院生と,英語を第二言語とする大学院生が書いた教授へのEメールを比較した結果,第二言語話者は依頼要求をやわらげる表現や,大学の制度に関する説明が少ない一方,個人的な事情にからめた要求が多く見られることを指摘した。要求が間接的すぎて問題が起こる場合もある。Hazen(1987)は,日本人のビジネス従事者がアメリカ人の取引先の相手に書いた依頼の手紙が,論争を避けるための間接的な表現のために真剣に受10

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