早稲田日本語教育実践研究 第1号
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1) 縫部は,ラポール(rapport)を「援助的関係」と和訳しているが,日本語で援助的とすると,3) 筆者和訳。注 ●72こから支持的教室風土が醸成されていくのである。本稿では,これまで疎かにされてきた,日本語教育におけるラポール構築について概観し,具体的な行動指針やストラテジーについて考察した。ラポール構築とは,調和した信頼関係を,あまり時間をかけずに築くことを指す。現代のペダゴジーで必要とされる支持的教室風土の醸成には,まず,教師と学習者間ならびに学習者間相互に,意識的にラポールを構築することから取り掛からなければいけない。しかしながら,現在,日本の多くの教室で標準とされている机配置は,旧来のペダゴジーの目的に合わせてデザインされているため,ラポール構築の障害となっている。今日の日本語教室では,学習の初期段階で,互いの異質性を明確に意識させ,寛容性や受容力が求められていることを,対話以前に学習者に認識させるような座席配置が必要である。本稿では,ラポール構築に資する座席配置として,セミサークルやサークル,また,渦巻き型を紹介したが,インターアクションのパターンや活動の内容,また与えられた教室の制限等により,教師は教室環境を柔軟に変えていくことが望まれる。せっかく有効な教授法を採用し,あるいは少人数制にしたとしても,教室環境に阻まれてそれが生かせないのでは主客転倒である。また,多文化共存する日本語教室では,深く内向する日本古来の村的な関係性ではなく,広くクラスの全員と知り合うコスモポリタン的な関係性が求められていることに本稿では言及した。そのためには,広い視野や受容力,また普遍的な対応スキル等が必要となるが,こういった異文化間コミュニケーションや異文化理解のためのスキルについては,あるいは近い将来,聴解や読解などといった従来の語学学習のスキルに加え,成績評価に加えることも考慮すべきではないだろうか。さらに,本稿で提案したラポール構築のストラテジーは,互いの異質性を早期の段階で気づかせ,よく知り合い,受容に至るという点で,日本語教室など異文化を背景とした学習コミュニティだけでなく,今日いじめなど対人の関係性に大きな課題を抱える初等中等教育のラポール構築にも応用できるように思われる。過去においては,日本人同士,生育環境や人生経験が似通っていたため,対人の関係性も村的に狭い視野で,一定のコミュニケーション・スキルにより深く結ばれることが可能であった。それが,今日,グローバリゼーションや情報化が進んだため,個人個人の生活様式から思考にいたるまで,かつてなく多様化し,対人の関係性やコミュニケーション・スタイルにもさまざまな問題が現れている。現代の中高生も,互いの異質性に戸惑っているという点で,異文化を背景とする日本語教室の学習者となんら変わるところはない。このように,多文化共生へ向けて,ラポール構築も含め異文化間コミュニケーションや異文化理解に関する考察は,今後大きな実りをもたらすように思われ,さらなる研究が待たれる。困っている人に対する助力の意味合いになってしまい,他者との対等な語感が失われて語弊があるので,本稿ではラポールとした。2) 筆者和訳。早稲田日本語教育実践研究 第1号/2013/65-734.まとめと今後の課題

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