早稲田日本語教育実践研究 第1号
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●66は,『小学校学習指導要領解説 総則編』(2008)で,「相手の身になって考え,相手のよさを見付けようと努める学級,お互いに協力し合い,自分の力を学級全体のために役立てようとする学級」を理想の学級として掲げ,そのための「支持的風土」を築くことを奨励している。ここで言われている支持的風土とは,縫部(2001)が提唱する支持的教室風土のことで,学習者が脅威や不安を感じることのない,互いを尊重し,受容し合った教室の雰囲気のことを指す。つまり,支持的教室風土とは,教師と学習者間ならびに学習者間相互にラポールが構築された結果にほかならないのであるが,文部科学省は,ラポール構築のための具体的な行動指針については触れていない。そのため,「言葉だけが独り歩きし,その概念の意味や意義の理解が不充分であるだけでなく,支持的風土を形成するノウハウも共有されていない状況」であるという(全国個を生かし集団を育てる学習研究協議会 2011)。こういったラポール構築に関する模索状態が,今日,日本の初等中等教育等における学級崩壊やいじめ,さらにいじめを苦にした自殺というような対人関係の問題の深刻化の一因となっているだろうことは想像に難くない。日本語教育でも同様に,スムースなコミュニケーションや,安心して自己開示をするために,支持的教室風土が必要不可欠としながらも,その基本となるラポール構築に関してはほとんど語られていない(縫部2001,川口2010)。たとえば,縫部(2001)は,教室内の対人関係という「自他の力動的な相互交流」に,教育とカウンセリングの接点を認めて,ラポールを「援助的関係」1)と捉え,支持的教室風土の基本とみなしている。さらに,ホーリスティックなアプローチを推奨し,日本語教育で第一義的なものは「人間へのアプローチ」であるとし,そのために,学習者が安心して自己開示できる支持的教室風土づくりを奨励している。しかし,その基本となる対人の関係性の形成については,「指導技術ではなく,教師の人柄(パーソナリティー)である」として,自然の成り行きにまかせている。さらに,「(教室内の)対人関係が深まる場合もあれば,そうでない場合もある。後者のほうが圧倒的に多いのが現実である」と振り返り,「外国語教育における対人関係の重要性が叫ばれている割には,外国語教育学者は外国語教育の観点から対人関係を研究することを疎かにしてきている」と,日本語教室におけるラポール構築に関し,さらなる研究を促している。同様に,舘岡(2012)も,多文化共存する日本語教室で協働学習を推進するにあたり,ラポールを構築する必要があることを示唆している。舘岡は,「関係性も良好であり,自律性が発揮されているとき,(協働への)参加は最大となる」と,ラポール構築について触れ,さらに,「ことばの教室における(他者との)関係性の生成と学びへの参加の観点は重要でありながら,今までこうした視点でことばの教室を十分検討してこなかったのではないだろうか」と,日本語教室におけるラポール構築に一考の余地があることを指摘している。このように,近年の語学教育のペダゴジーや学習形態では,学習者が何を言っても何をしても心理的に安心と感じられるような支持的教室風土が必要とされているにもかかわらず,その基本となるラポール構築についてはまだ充分に論じられていない。そこで,本稿では,支持的教室風土づくりへ向けた,ラポール構築のためのストラテジーとして,何よりもまず物理的な教室環境から見直す必要があることを指摘したい。社会言語学の視点から,Levine and Moreland(1998)は,環境とインターアクションの形態との早稲田日本語教育実践研究 第1号/2013/65-732.ラポール構築の障害

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