●65ラポール(rapport)とは,欧米の臨床心理学やビジネス分野で使われている言葉で,心理的に安全で信頼に支えられた関係性を指す。また,多文化共生を目指す日本語教育においても,ラポールは支持的教室風土の基本となるものであり,ラポール構築は欠かせないプロセスである。しかし,これまで,日本における日本語教育では,教師と学習者間ならびに学習者間相互のラポール構築は自然発生的な事象とみなされ,そのための考察は疎かにされてきた。そこで,本稿では,ラポール構築に関する研究へと端緒を開くべく,グループ・ダイナミクスの観点から日本語教室の環境整備について考察した。とくに現代のペダゴジーを推進していくうえで,ラポール構築に大きな障害となっているのは,旧来のペダゴジーに合わせた机配置である。旧来の標準的な机配置に代わるものとして,本稿では,セミサークルやサークル型を推奨し,また頻繁な席替え等についても提案した。キーワード:ラポール構築,支持的教室風土,多文化共生,教室環境,グループ・ダイナミクスラポール(rapport)は,臨床心理学や医療,あるいはビジネス分野で広く使われている言葉で,「調和を特徴とする関係性」(Webster’s 1990)を意味する。また,こういった当事者間の心的融和状態を,あまり時間をかけずに意識的に構築することをラポール構築と呼んでいる。たとえば,医師は患者に対し,障害者ケアや疾病治療が円滑に推進できるよう,信頼感や共感を分かち合う関係性(ラポール)を,あまり時間をかけることなく構築する必要がある。そこで,そのためのストラテジーのひとつとして,スマイルやアイコンタクトの頻度を増したり,うなずきのタイミングに配慮したりといった具体的で意識的な行動をとる(Duggan 2011)。また,カウンセリングなど臨床心理学の分野でも,感情交流に不可欠な信頼感や受容の関係性(ラポール)を,あまり時間をかけずに構築するために,カウンセラーはクライアントの動作をまねたり(ミラーリング),口調やテンポを合わせたり(ペーシング)と,さまざまなストラテジーを駆使している(一般財団法人日本NLP協会)。同様に,ビジネスであれば,顧客との間に信頼関係(ラポール)を構築するために,セールス・テクニックや交渉のストラテジーのひとつとして,営業担当者は顧客に関心を示したり,共通の話題を探したり,ほめるといったストラテジーを取る(前原2008)。このように,対人の関係性を重んじる分野では,あまり時間をかけずに良好な関係性を構築することに焦点を当て,ラポール構築のためのストラテジーは一見表層的ながら具体的なレベルで明示されている。これに対し,日本における教育分野一般では,教師と学習者間ならびに学習者間相互の理想的な関係性は,自然発生的で深層的な事象とみなされる傾向があり,そのため,あまり時間をかけずにラポール構築するための具体的な行動指針となり得るものが見当たらない。たとえば,文部科学省泉水 康子泉水康子/支持的教室風土をめざしてエッセイ&インタビュー/エッセイ1.ラポールとは?要 旨支持的教室風土をめざして―ラポール構築のための教室環境整備―
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