(3)日本語学習継続の主体的選択●33成活動をとおし,「日本語学習と自身の人生のつながり」を省察することにより,日本語学習と卒業後の職業を関連づけつつ,具体的に自身の将来像を描けるようになる可能性がある。1章で述べたように,フランス国内の高等教育機関だけでも7,975名もの日本語学習者がいる。そのため,日本学科の学士課程を修了すれば,自動的に日本・日本語に関連する職に就けるというわけではない。しかし,結果的に日本・日本語に関連する職に就くことができなかった/しなかったとしても,将来像を具体的に描くことで自身が納得できる職業選択が実現できる可能性がある。ただ,「自身の将来像」がどの程度,具体的にイメージできるかは,学習者により異なる。また,同じ学習者であっても,「自身の将来像」が時期により,明確になったり曖昧になったりする場合もある。そのため,教師は,個々の学習者が「自身の将来像」を自分のペースで更新できるような環境の創出に留意しつつ,「ポートフォリオ」作成活動をデザインする必要がある。5–2–1,5–2–2で示したように,学習者は,「蓋然的」あるいは「必然的」に日本語と出会い,日本学科に入学する。そして,日本学科入学後は,日本語学習継続の是非を考えざるを得なくなる。「ポートフォリオ」作成活動は,学習者に日本語学習を継続するか否かに関し,省察する機会を提供する。学習者は,「ポートフォリオ」作成活動をとおし,「日本語学習と自身の人生のつながり」を省察することにより,自身が日本語学習を継続するか否かを主体的に選択できるようになる可能性がある。中には,日本語学習を継続するか否かに関し,省察を続けた結果,日本語学習を放棄するという結論に至る学習者もいるであろう。そのような学習者も「ポートフォリオ」作成活動という機会を活用すれば,日本語学習を単に放棄するという選択だけではなく,「日本語学習を放棄した後,何をするか」までを省察することができるかもしれない。そして,日本語学習を放棄した後の展望までを省察することができれば,当該の学習者は,日本語学習を放棄するという経験を「次のステップへと進むために必要な選択」として肯定的に捉えられるようになる可能性がある。最後に,フランスの国立大学における日本語教育を,今後,どのように構想するべきかに関し,言及したい。2–1で述べたように,近年,フランスでは,大学の日本語学習者が多様化する傾向にあることが指摘されている。しかし,実は,この「多様化」という捉え方そのものが大きな問題性を孕んでいる。日本語学習者の「多様化」とは,学習者集団のバリエーションが増えたという捉え方である。例えば,学習目的の多様化とは,「以前から存在していた日本学に関する知識獲得を目的とする学習者集団」に「日本のサブカルチャーに関する情報を理解できるような日本語運用能力獲得を目的とする学習者集団」が加わったという捉え方である。つまり,「多様化」という捉え方は,日本語学習者が学習者集団としてひとくくりにされることにより,学習者一人ひとりの学習プロセスや学習状況が軽視されるという危険性を孕んでいる。日本語学習者の「多様化」への対応は,従来のフランスの国立大学の日本語教育の現場においても行われている。しかし,それらの教室実践の事例は,新たに加わった(と教師に認識された)学習者集団に対処しようとする試みが多い。今後,進級率の低さ,日本語学習の放棄,在学中の日本語学習と卒業後の職業の分断等,フランスの国立大学の日本語教育における様々な問題に対処するためには,日本語学習者の「多様化」に対応するのではなく,日本語学習者の「多様性」を考慮し,日本語教育を構想する必要がある。「ポー山内 薫/フランスの国立大学における日本語ポートフォリオ作成活動論 文7.「日本語学習者の多様性」を考慮した日本語教育の実現のために
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