●766 心理学的側面からのアプローチ早稲田日本語教育実践研究 刊行記念号/2012/71-83等に苦手意識を与えている他者との比較要因をなくし,自信を取り戻す機会を与えることが大切であり,読みの活動を個人的なものにすることが肝要である。そして,読みを個人的なものにするためには,教室活動の三要素を変更することが必要となる。6-1 先行研究上記のアンケートの結果から,非漢字圏の参加者たちのストレスをなくし,彼等の欲求を満たすためには,心理学的側面からのアプローチが必要だと思われる。そこで,心理学の分野からいくつか先行研究を取り上げ,「自由読書」の礎とする。〔原因帰属論〕Weinerらによると,人は成功や失敗をしたとき,その原因を追求する傾向がある。この時,その原因を何に帰属させるかということは,その後の感情や課題に対する期待値に影響し,課題達成行動に違いを与える。失敗を内的で安定したもの(能力)に帰属させるか,それとも内的で不安定なもの(努力)に帰属させるかでその後の課題への動機づけが異なってくる。(Weiner & Kukla1970)(Weiner1985)〔達成目標理論〕Dienerらによると,子どもを対象とした研究では,失敗をしたとき無力感に襲われやすい子どもは遂行目標(performance goal)という目標を,粘り強さを保てる子どもは学習目標(learning goal)を持っている。遂行目標とは他人に自分の能力を顕示することを目的とした目標である。一方,学習目標とは学習それ自体を目標とし,自分自身の能力を伸ばすことを目的とした目標である。(Diener & Dweck1978)〔自己決定理論〕Deci & Ryanによると,自己決定理論では,心理的な三つの欲求として,有能さ・関係性・自律性を挙げている。人間は常にこの三つの欲求を満たしたいと思っており,これらの欲求が満たされることで内発的動機づけや心理的な適応が促進される。(Deci & Ryan1985.2000)6-2 心理学を応用した「読み」のクラス活動アンケートの結果によると,日本語参加者のうち,読解を苦手とする者は,原因として漢字力のなさを挙げることが多いが,フォローアップインタビューの結果では,母国では読みを苦手としていなかった参加者が多数を占めていることから,漢字圏の参加者と学習空間を共有することで,非漢字圏の参加者たちは相対的に苦手意識を植えつけられているということがわかる。Weinerらの原因帰属論から考えると,このような参加者の場合,読解ができない理由を漢字圏対非漢字圏という構図を元に,非漢字圏の自分は漢字ができない(能力がない)という内的で安定したものと捉えている可能性が高い。このような考え方を参加者自身が固定化させてしまうと,失敗を「能力」に帰属させることになり,その後の期待を低め,動機づけを低下させてしまう。しかし,失敗を「努力」に帰属させることができれば,課題取り組みへの動機づけが増大する可能性がある。そこで,本クラスでは,「原因帰属論」を基に,失敗の原因を「努力」に帰属させること,「達成目標理論」を基に,参加者の目標を遂行目標ではなく学習目標とすること,そして,「自己決定理論」を基に,三つの欲求を満たすことを目標に,以下のような方法をとることとした。以下のクラス活動を「自由読書」と呼ぶことにする。
元のページ ../index.html#78