早稲田日本語教育実践研究 刊行記念号
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●67舘岡洋子/テキストを媒介とした学習コミュニティの生成特集 教室中心主義からの解放/寄稿論文(帰国直前のインタビュー(8/4))◆キッチンの時と来訪者とで参加のしかたが異なることについて準備の問題。今は寝ていない。睡眠時間は3時間。しょうがないなーって思って,寝るのをあきらめて準備している。キッチンのとき,準備しないことが続いたら,授業中もわからなくなって時間が無駄だとわかった。これじゃ,だめだって思って,変えなきゃと思っていた。小説も変わったし。よく準備したら参加できるとわかった。<メンバーの問題もあるか> いや,準備の問題。もうすぐ帰国するから,時間がない。自分はあんまり参加していないんじゃないかって思った。このまま帰っちゃだめだって焦ってきた。すごく焦ってきた。 もうや(コース終了直後のインタビュー(7/21)) るしかない。    ◆なぜ急に予習してよく参加するようになったのかもうすぐ帰るから。自分は振り返ってみると,学部の勉強はともかくとして,別科の勉強はあまりまじめにやっていないな,もうすぐ帰るのにこれじゃだめだなと思ったから。(略)準備したら勉強になるってことがわかった。よく準備したあと授業に来たら,勉強になったから,次も準備した。  ている」とまで評価されているのである。予習して活動に積極的に参加する態度は,「事件」に至るまでの態度と大きく変化している。第6回目の成功体験から第7回目も積極的に参加し,好循環を生んでいる。ボブは参加態度を変えたことについて,授業終了時および帰国直前のインタビューで,以下のように述べている。3.4.他者との関係性と自らの自律性との間に生まれる参加と可変的な能力協働による学習活動への参加は,教室における他者との関係性に大きく影響を受ける。活動に参加する/しないは,個人のみの問題ではなく,周囲との相互作用の問題だといってもよいだろう。コミュニティ内における自己の価値を認識できるかどうか,他者から存在が承認されているかといった関係性と参加は大きく関わっている。それと同時に重要なのが,「自己の位置づけ」であろう。なぜ日本語を学ぶのか,現在の自分の学習状態はどうか,目標は達成できたのか,帰国までどれくらいあるのかなど,現在の自分の状況を位置づけることは,これから自分の学習をどうしていくのかといった自律性につながる。参加する/しないという態度は,教室における他者との関係性と自身の自律性との間に生まれる現象であるとはいえないか。つまり,関係性も良好であり,自律性が発揮されているとき,参加は最大となる。そして,関係性も自律性も変化するのである。関係性についていえば,前半ではボブといっしょだと「かわいそうだ」と言われたのに,最後には「メンバーがよかった」と言われる。また,自律性については,予習しなかったボブは,最後には自ら十分な予習をして授業にのぞむようになった。このような,関係性の変化,自律性の変化の中で,その間に生まれる参加という現象自体も変化する。さらに興味深いのは,ボブの「読む力」も変化するということである。読解力が高い,低いというように,私たちは通常「読む力」というものをある時点での個人の一定の能力だととらえる傾向がある。しかし,環境によってその評価は変わるのである。ボブ自身は,「事件」直後のインタビューによれば,自らの読む力に全く自信をもっておらず,ほかの学生に比べて読む力が劣っていると述べている。また,始めのグループでは,ほかの学生から,読みがユニークすぎてついて行けないと言われている。しかし,後半の実習生Kの観察では「読み込んでいたので話し合いの内容

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