●41守谷智美,他/留学生支援システムにおける行動指針とスタッフ・ディベロプメントに関する検討特集 教室中心主義からの解放/基幹論文だが,既述のように留学生の抱える多様で複合的な問題を,単独の機関や組織内だけで,あるいは単独の援助者だけで解決しようとするには限界がある。箕口(2009)は,留学生を対象とした異文化間での心理的援助の際,個別の問題だけに焦点を当てるのではなく,留学生を取り巻く人間関係や組織・社会環境全体の問題として多様な専門家,準専門家,非専門家・ボランティアと協働で包括的な支援ネットワークを形成し,コミュニティ全体で支えていく仕組みが必要であるとし,コミュニティ心理学に基づくアプローチの重要性を述べている。コミュニティ心理学とは,端的に言えば,異なる身体的・心理的・社会的・文化的条件を持つ人びとがだれも切り捨てられることなく,共に生きることを模索し,人と環境の適合性を重視して心理的社会的問題の解決に具体的に参加しながら研究を進める心理学である(山本,1986)。その基本理念としては,人と環境の「適合(fit)」を図ること,社会的文脈の中の存在としての人間という視点をもつこと,人の弱い部分ではなく本来持っている強さとコンピテンス(有能性)を重視すること,自己効力感を高めること,問題の発生前に予防すること,多様性を尊重することなどがある(植村,2007 )。このアプローチに基づいた留学生支援には,九州大学での事例を報告した高松・白□(1997)や,加賀美・箕口(1997)の留学生会館での実践例,またお茶の水女子大学内での留学生支援体制の事例(加賀美,2002;2007)などがある。この中で加賀美(2002;2007)は,留学生が来日後,危機的な状態に陥ることなく安心して学習・生活できるような環境作りのために導入した留学生相談支援システムについて報告している。具体的には,来日直後の留学生へのオリエンテーションを重視し,それを通して学習や生活に関わる十分な情報提供を行うこと,気楽に歓談したりお茶を飲んだりできる留学生の居場所や相談コーナーを設置すること,また,日本人学生と留学生との交流グループや留学生による自助グループの組織化や,予防的集団面談などの実施である。これらは,「留学生に心理的負荷を与えずに,自由に援助サービスが受けられるような仕組みや環境をつくる」ことを目指すものであり(加賀美,2002),横田・白□(2004)でも提示されている留学生の危機への予防的アプローチとも共通する。加賀美らのこれまでの実践の背景には,支援する人とされる人が循環し,留学生が自律した生活者として自身で問題解決でき,支援者と対等な立場で生きていけるよう多様な方策で支えていく「支援を意識させない支援活動」こそがコミュニティにおける留学生支援の最終目標であるとの見解がある(加賀美,2007)。こうしたコミュニティ心理学的アプローチに基づいた複数の実践例では,ピア・サポートが有効に活用されている。既述のように,コミュニティ心理学では専門家・非専門家が連携することが重視されるが,加賀美(2010)の報告でもその留学生支援においてピア・サポートが重要な核となっている。留学生相談室の運営や,国際寮でのメンターサポート,国際交流グループでの異文化間交流活動などに身近な仲間からのサポートであるピア・サポートを活用することで,多様な文化背景を持つ留学生にとってそれらがアクセスしやすい相談資源として認識されやすくなるという利点を持つという。一方で,ピア・サポートの抱える課題としては,毎年メンバーが替わるなど学生支援としての安定性に欠けることや,相談を受けた学生が自身で解決できない場合,その学生自身が危機的な状況に陥る可能性もあるため,問題を抱え込まず,より適切な専門家に助言を求めるなどの連携体制を共有し周知することの必要性が挙げられている。このようなことから,ピア・サポートでは,組織全体の取りまとめ役であるコーディネーターの存在が重要であると指摘されている。
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