●214.まとめと展望黒田史彦/留学生支援システムの構図特集 教室中心主義からの解放/基幹論文後も変わらない。本稿では,早稲田大学日本語教育研究センターと大学院日本語教育研究科との密な連携によって誕生した留学生支援システムと,その支援拠点であるわせだ日本語サポートという2つの取り組みにおける理念と実践状況について論じてきた。留学生支援システムは,留学生にとって理想的な大学環境を創出することを目指す支援機構であった。つまり,個々の留学生が主体性を存分に発揮し,日本語学習リソースにセルフ・アクセスすることによって,自律的な日本語学習を実現できる学習環境を築いていく。同時に,ひとりひとりの留学生が自ら留学生サポートにセルフ・アクセスし,自己実現が可能な修学環境を創造していく。よって,自分に最も相応しい個人的学習環境と個人的修学環境を留学生自身がデザインしていけるようになる。そのような大学空間を現実のものとすることが,留学生支援システムの最終目標である。自律的学習の実現に関しては,留学生が今現在の自分について自己分析し,意識的に自己理解に努めることが出発点となる。日本語との関係を考え合せながら自分の将来像を具体的に描き,長・中・短期的な学習計画を立案し,学習の進捗状況を自身で記録し,自らの決めた基準によって自己評価を行い,計画通りに学習が進展しているなら次の新しい目標を立て,予定通りに学習が進んでいないなら学習計画や学習方法を見直す。常に自らの学びのことを考え,主体的に行動することによってのみ,自律的な日本語学習者に近づける。日本語学習に臨む留学生に求められるこのような自己成長の姿勢は,言葉の学習に限って当てはまるものではない。また,留学生に対する教育・支援にだけ適用できる考え方でもない。主体性をもって取り組む自律的な学習姿勢を育むことは,一生役立つ問題発見解決能力を身につけ,生涯に渡って学び続ける人間を育成することにつながるはずである(細川2003)。そして,この自律した人材を育てることこそが,次世代の大学人が持つ責務である。このような将来あるべき大学像を見据えた先駆的な試みは,単独で学びを完結させようとする従来型の授業や教室の在り方に対する挑戦となる。教室の壁を超え,授業とその他の学習リソースの間を軽々と跨いで学生が主体的に学んでいけるような大学空間を作り出していくには,留学生も含めた学生だけではなく,大学教職員にも固定的な「教室の中で」「教師に教わる」「教師が教える」といった学習観・教育観・教室観・授業観から脱却するよう促し,教室の外にも学びの世界を拓いていくような具体的行動を起こさなければならない。既に述べたように,留学生の学習スタイルや信念は容易に変わるものではない。自律的学習者は,ゆっくりと,少ずつ成長していくものである。自律的支援者が成長するのにも,長い時間が必要だと述べた。同様に,留学生支援システムとわせだ日本語サポートを運営し,その理念や成果を広く発信し続けることによって,新しい学びの在り方や哲学を浸透させ,大学を変えていこうとする試みも,非常に時間がかかる取り組みであり,根気と覚悟の要る挑戦である。
元のページ ../index.html#23