早稲田日本語教育実践研究 刊行記念号
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●19黒田史彦/留学生支援システムの構図特集 教室中心主義からの解放/基幹論文支援スタッフが,自分に可能な範囲で取り組めばよい。特に,クリニック的要素の強い学習支援は,大勢が参加する日本語科目としてではなく,個別対応できるわせだ日本語サポートで提供した方が効果的である。例えば,日本語の発音に関する質問については,音声習得に関する素養のある支援スタッフによる「発音クリニック」的な個別支援が考えられる。これも,支援スタッフの専門性を活かした支援活動であり,他では見つけられない貴重な日本語学習リソースである。ここで注意すべきは,質問に対して単に答を教えるだけでは終わらせないという点である。相談者(留学生)が持ち込んだ質問に対して直接的な答を与えれば,相談者にとっては目の前の問題が解決して満足でき,支援スタッフも相手が喜ぶので充足感が得られる。したがって,支援スタッフと相談者は,「教える―教わる」という関係に傾斜しやすい。しかし,支援スタッフがアドバイスを与える際には,「なぜそのような答に至るのか」という問題解決の方法についても,合わせて言及しておくべきである。留学生はいつまでも「教わる」立場にいられる訳ではなく,いつかは次のステップに進む。わせだ日本語サポートや大学の外に出れば,独力で問題を解決しなければならず,問題解決能力の有無が日本語学習や留学生活の質を左右することを忘れてはならない。ここでも,支援スタッフは自律の実現を遠くに見据え,学習のノウハウが身につくような支援を常に心掛けなければならない。支援スタッフの中には,海外からの大学院留学生も多い。そういった支援スタッフは,日本語の先輩学習者として,また,日本における先輩生活者として,有意義な支援活動ができるはずである。スタッフ自身の実体験に基づき,苦労してきた点,好んで用いていた学習方法,問題解決のための工夫や秘訣などについて,生きた情報源になれる。また,留学生スタッフの母語を活かし,日本語以外の言語による支援活動も可能となる。特にゼロ・スタートの留学生にとっては,母語による日本語学習支援は心強い。支援活動の際に用いる言語は,相談者の状況や相談内容に応じて使い分けることが有効である。留学生支援システムがわせだ日本語サポートに期待するのは,支援スタッフによる支援活動だけではない。留学生同士が,日本語学習についてはもちろんのこと,留学生活全般に関する情報やアイデアの交換・共有を可能にする共同体,すなわち,留学生が互助的・協働的に支え合うコミュニティを形成できる場や機会,きっかけを提供することも,わせだ日本語サポートの担うべき機能の中に盛り込まなければならない。コミュニティは,狭く閉ざされた場所にではなく,広く開かれた空間にあってこそ真価が発揮できるはずであり,極めて価値のある学習リソースにもなり得る。もし,お互いに日本語を学び合ったり,教え合ったり,相談し合ったりするような留学生コミュニティができた場合,支援スタッフにはファシリテーターとしての役割を担ってもらいたい。言うまでもなく,留学生だけではなく,日本人学生も分け隔てなく参加できるコミュニティが生まれるに越したことはない。支援スタッフは,留学生と直接接触することから,留学生のニーズを耳にする機会も多い。例えば,大学内外やWEB上にどうしても適切な日本語学習リソースが見つからない場合には,学習リソースの独自開発を検討しなければならない。また,学内に既に存在する学習リソースが留学生のニーズとかけ離れている場合には,その学習リソースの提供元に働きかけ,より価値あるかたちでサービスを提供してくれるよう求めることも必要である。もちろん,こういった働きかけは,わせだ日本語サポートの支援スタッフの役割ではなく,留学生支援システムとして関係教職員が行うべき活動である。息の長い地道な努力により,全学的な留学生理解の促進にも努めなければならない。

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