●187タミール語センター小林敦子/多民族国家に住んで考えたことエッセイ&インタビュー/古往今来語である独得の文化を造り上げたババ・ノニャといわれる人々がいる。彼らは,中国系市民と分類されているが,母語はマレー語なのである。戸籍名は父子制をとるので,民族分類と母語が一致しにくいようだ。日本よりも厳しい進学競争に勝ちぬきエリートになるためには,ここでは,語学の成績が重要な切り札である。同一民族間同士の結婚による両親の場合はまだしも異民族間同士のカップルも多いので,言語選択の問題は深刻である。ある日の英字新聞には,異民族間同士のカップルの子供の言語選択例が出ていた。福建語を母語とする中国系の女性と,マラヤラム語を母語とするインド系の男性のカップルである。まず両者の共通語,英語を子供の第一言語とするところまでは問題がない。問題は第二言語である。英語だけで教育された母親は,漢字ができず,また父親の母語は,インド系市民の共通語とされるタミ一ル語とちがう。結局,彼らは,英語以外の両者の共通語であるマレー語を第二言語として選択したという。同じ状態にある他のカップルの場合は,子供の将来を考えて,国の多数派を占める中国系に準じて,あえてマンダリンを第二言語として選択し,夫婦共々,マンダリンを一から学びはじめたという。国民の75%もの人口比を占める中国系市民を対象に行われた大々的なキャンペーンに対して,非中国系市民の受け止め方は複雑である。将来は,国語としてマンダリンを強制されるのではないかという危惧を与えるものらしく,政府も時々,マンダリン・キャンペーンは中国系市民を対象としたものと明言していた。マンダリン・キャンペーンに対して,すぐに反応したのはインド系市民である。中国系市民と同様に,インド系の社会も言語が複雑である。中国語では漢字が読めれば,文字による交流ができる。が,インドの諸言語は各々の文字も音声も違うので,お互いの言語を知らないと話ができない。インド系市民の63%を占めるタミール出身者のタミール語が,公用語となったのだが,特に発音のむずかしいタミール語よりも,東南アジア地域で使用範囲の広いマレー語を第二言語として選択したいという人達が多かった。が,マンダリン・キャンペーンを機に,インド系市民もインド文化遺産を受けついできたシンガポール人としての自覚を持ち,お互いの共通語としてのタミール語をもっと勉強し使っていこうという気運がでてきたようで,タミ一ル語の新聞はすぐさまマンダリンならぬタミール語使用推進キャンペーンをはったのが印象的だった。初等教育の機会均等,二言語政策を抑し進めているシンガポールの教育の場を一度見たいと思ったのだが,見学・調査など意外にむずかしい。が,幸い文化情報局の役人の口添えを得てタミール語センターを見学することができた。インド系の子弟は,当時すでにほぼ全員,英語系の小中学校に入り,第二言語として55%の生徒がタミール語をとっていた。シンガポール内の英語ミディアムの学校のうち101校でタミール語を第二言語として習得できるのだそうだが,それ以外の学校の生徒で,タミール語を習得したい学生は,週に二回,四時間,タミール語センターなどに通って勉強をするのだそうで,私の見学したセンターは,7人の教師が54校から送られて来る626名の小・中学生,高校生達にタミール語を教えていた。見学した時,丁度,討論会をしていた。明るく活発な討論の様子は,言葉がわからなくても興味
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