●185育語併用政策シンガポールの二バイリンガル小林敦子/多民族国家に住んで考えたことエッセイ&インタビュー/古往今来ることになり,日本から職業訓練計画作成と現地スタッフ養成を目的とした日本人専門家チームを派遣することになったのだ。日本の海外職業訓練協力の場では,それまで日本語教育は行われたことはない。シンガポールでの日系企業の増加に伴い,現地採用のシンガポール人労働者が増加するため,言語による障害をとり除き,より良いコミュニケーションを図るべく,シンガポール政府が特に日本語コース開設を強く要求したため,今回はじめて日本語コース必修の職業訓練センターが海外で開設することになったという。シンガポール政府は,日本語の授業を通して,愛社精神に富み,勤勉で労働意欲に満ちた日本の良き労働倫理も教えてほしいという熱い期待があったようだ。私は,日本の専門家チーム14名の末席につらなる唯一の女性として日本シンガポール訓練センターのプロジェクトに参加することになった。シンガポールは人口240万弱,日本の淡路島ぐらいの大きさの都市国家である。マレー系市民を中心に,国内的にいろいろな摩擦を起こしながらも,マレー語国語化政策を推進しているマレーシアから,かつて分離独立したシンガポールは,中国系75.7%,マレー系15.3%,インド系7.7%,その他1.3%という人種比率である。しかし多数派である中国系市民の言語を国語とせず,小数派のマレー系の言語を国語とし,各構成民族を代表する中国語,マレー語,タミール語と,植民地時代の遺産であり,且つ,各民族間の共通語として英語を公用語としている。国の大きさも,生き方も,同じ様な人種構成により成り立っている多民族国家でありながら,対照的なマレーシアとシンガポール。シンガポールで,私はまたもや多民族国家に生きる人々のアイデンティティが,言語といかに深く関わっているかを痛感させられた。毎日の新聞には,言語についての何かしらの話題やニュースのない日はない位,この国の人々の大きな関心を集めている。テレビやラジオのニュースは,時間帯を少しずつずらしながら,四つの公用語で流される(マレーシアも同様)。テレビ番組ばかりでなく,世界各国の様々な言語による映画は,英語物には,中国語とマレー語の字幕が,中国物やインド物には,英語とマレー語,インドネシア語の映画には,英語と中国語など,各々二言語の字幕が,画面の下に二列に出てくるものも面白い。シンガポール人の子弟は,各々の公用語による初等教育を受ける権利があり,小・中学校は,主に使用される教育用語によって,英語系,中国語系,マレー語系,タミール語系の四つのタイプの学校に分かれている。1965年,シンガポールがマレーシアから分離独立以来,民族融和,教育機会均等を旗じるしに,二言語政策を重視し,英語の重要性が強調された。二言語政策というのは,例えば,英語の学校の場合,生徒は英語を第一言語とし,自分の属する民族を代表している言語を第二言語として選択しなければならない。非英語系の学校では,各々の言語を第一言語とし,英語を第二言語とする。各民族の言語と英語という二つの言語による教育,つまり二言語併用教育政策である。二言語政策を推進した結果,シンガポールの小学校385校のうち,90%の小学校が英語を第一言語として教える英語系の学校になり,非英語系の学校は,今ではもう残りわずか10%を占める中国語系の学校だけとなっている。つまり,将来のシンガポール人は,中国系市民の中の一部を除いては,すべて英語を第一言語としつつ,各々の民族を代表する言語を習得することになるわけだ。
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