早稲田日本語教育実践研究 刊行記念号
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●15黒田史彦/留学生支援システムの構図特集 教室中心主義からの解放/基幹論文詳しく述べていく。その後,スタッフ・ディベロップメントについても言及したい。3.1.ピア・サポートわせだ日本語サポートでは,大学院日本語教育研究科で日本語教育学を専攻している複数の大学院生たちが,支援スタッフとして常駐し,同じ学生の立場から留学生を支援するピア・サポートを展開している。これは,第一に,留学生たちの日本語学習リソースや留学生サポートへ向かうセルフ・アクセスを後押しし,留学生ひとりひとりの個人的学習環境や個人的修学環境の実現を応援するという留学生支援システム全体の目的達成に近づけるためである。既に述べたように,留学生はしっかり自己分析し,自己理解を深めてから,今の自分に必要な日本語学習リソースや留学生サポートへセルフ・アクセスしなければならない。しかし,セルフ・アクセスは決して簡単な営為ではない。何らかの手助けを必要とする留学生には,人的・物的支援が不可欠である。その支援の一環として,わせだ日本語サポートが開設され,支援スタッフが配備されているのである。支援スタッフの本務は,セルフ・アクセス支援である。留学生への指導や教育を行うのではなく,あくまで同じ学生の立場から,共に問題解決への糸口を探っていく。あらゆる決定や判断は留学生に任せ,主に日本語学習リソースや留学生サポートの紹介や提案を行う。特に重視すべきは,友好的な個別対話を通じて留学生と良好な関係を築いた上で,どのような学習リソースや留学生サポートが必要なのか次第に明らかにしていき,適切かつ現実的な学習リソースや留学生サポートへの主体的なセルフ・アクセスを促すことである。問い合わせに即座に答えられなくても,留学生と一緒に解決方法を検討したり,学習リソースや留学生サポートを探したりすれば十分である。同じ目線で一緒に物事を考えられるというメリットは何物にも代え難いが,学生による学生のための支援活動であるが故に,ピア・サポートには限界がある。どんなことでも相談はできるが,全ての質問に答が得られる訳ではない。例えば,大学院などの入学試験に関する質問に関しては,公になっている入試日程などの情報の他は答えられない。特に,「研究計画書」や「志望動機」など,入試の合否を直接左右するような書類は一切扱えない。他に適当な学習リソースや留学生サポートが見つからないからといって,支援スタッフが何でも引き受けることはできない。それは,わせだ日本語サポートにおける支援スタッフの役割ではない。「できないことはできない」とはっきり断る必要もある。留学生のニーズに合致する学習リソースや留学生サポートが存在しないということを明らかにするのも,ひとつの支援の在り方である。問題や疑問を抱える留学生に最初に接するのは支援スタッフではあるが,問題解決に当たるのは支援スタッフだけではなく,常に留学生支援システムに関係する教職員も支援活動に取り組む。留学生を支援スタッフが支え,支援スタッフを教職員が支える多層的な構造である。深刻な問題を抱えた留学生から相談を受けることによって,同じ学生である支援スタッフが大きな問題を抱え込む事態は避けなければならない。留学生に対する支援体制は,わせだ日本語サポートの中で完結している訳では決してない。わせだ日本語サポートの支援スタッフが扱い切れない事案は,すぐに留学生支援システムの教職員に引き継げばよい。留学生の持ち込む重大な相談や憂慮すべき悩みについては,わせだ日本語サポート単独の問題としてではなく,留学生支援システム全体の問題として,さらには大学全体の問題として,関係教職員が速やかに危機介入し,問題解決に当たる必要がある(加賀見2010)。

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