早稲田日本語教育実践研究 刊行記念号
135/222

●133中山英治/日本語教育における映画の一般的な教材価値と社会参画を支援できる教材価値特集 教室中心主義からの解放/寄稿論文学生たちは『男はつらいよ』の映像の中に典型的な日本人や日本社会の姿を観る一方で,すぐに自分たちの現実的な社会との異なりにも気づく。それは外国人学生がドラマで知っていた日本と実際には異なる日本の風景を見て喚起させられたり(11春),言葉が古くて今の時代にふさわしくない,学んだとしても生活の中では使えない(11春)などの見解からわかることであった。この学生たちの気づきの意味するところは,映画を契機として自分たちの生活や地域社会へ眼差しを向けさせることができるということである。そこに社会参入や社会参画の教材価値を見出すことができるのである。映画からすぐに自分たちの地域社会へリンクできない学生には,映画の舞台である「柴又」を現実の社会参入の対象として紹介してもよいだろう。本授業科目では,毎学期ではなかったが,学期後に受講者の中から希望者を引き連れて「柴又フィールド・トリップ」を開催した。これは,映画『男はつらいよ』で得た「柴又」の暮らしぶりやその社会に生きる人々を実際に経験することから日本社会への参入や参画の契機を観光という形で促したことになる。映画はあくまでも虚構の世界を描いているのであるが,『男はつらいよ』は,「柴又」という現実的な地域社会に根付いた映画になっている点で,他の映画作品よりこうした社会参入や社会参画のための教材価値が高くなっていると言える。また,「柴又」という地域社会は,様々な環境から映画とリンクできる地域社会になっていることも忘れてはならない。例えば,映画を視聴した外国人学生が「柴又」という地域社会に興味を持った場合,どのような関わり方が可能であろうか。試しにYahoo! Japan(http://www.yahoo.co.jp)で「柴又」をキーワードに検索してみると,次のようなホームページを抽出することができる。(最新情報として2011年11月30日現在の情報を掲載)24) a 葛飾柴又ホームページ(提供:柴又神明会・葛飾区観光協会):見出しに英語ありb ウィキペディア フリー百科事典 「柴又」:特に有意義性なしc 同上「柴又駅」:特に有意義性なしd 葛飾区柴又観光協会ホームページ:見出しに英語,年中行事・観光名所情報が多いe 葛飾観光ポータルサイト:言語対応あり(英・中・韓),観光情報が多いf 柴又帝釈天公式ホームページ:言語対応あり(英)g その他(個人サイトなど)これらのインターネット情報には,すべてに等しく映画『男はつらいよ』の紹介が見られるし,ホームページ同士が相互にリンクを張っていて,どこからでも映画とつながりが持てる状況を呈している。「柴又」という地域社会と『男はつらいよ』という映画とは,切っても切り離せない関係性ができあがっているのである。映画の教材価値としてこうした社会との関係性に着目することには,「学習者の社会参入・参画の契機」や本稿の位置づけにもなっている「教室中心主義からの解放」等の観点から見て大きな意味があると言えるだろう。ホームページの情報で外国人学生にとって有意義なのは,これらのホームページが比較的,多言語対応を準備している点である。また,内容から見て特に秀逸なのは,葛飾観光ポータルサイトからリンクできる「かつまるガイド」や「葛飾観光ガイドマップ」である。「柴又」という地域社会に関わりを持とうとするときに活用の価値が高い情報を多様に提供している。6.2 映画『男はつらいよ』に関連する諸メディアを通した社会参画6.1では特に「柴又」という地域社会に特化した教材価値を述べたが,『男はつらいよ』に関連す

元のページ  ../index.html#135

このブックを見る