早稲田日本語教育実践研究 刊行記念号
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●128早稲田日本語教育実践研究 刊行記念号/2012/119-137 つね:そうだよ,たった一人きりの息子だっていうのに。(『男はつらいよ』第11作)10)【スタンダード証券・四階応接室】  健吉:車さん−−車さん,お待たせしました。  寅:あー,なんだかすっかり寝ちゃったよ。今,仕事は上ったの?    (中略)  【上野の焼鳥屋・表,同・店内】  健吉:僕だってね,寅さんと同じ旅人だよ。はるばる出て来たんだからね。     ね,知ってる,枕崎。  寅:知ってる知ってる,枕崎。(『男はつらいよ』第34作)9)は同一人物を別の呼称で呼び分ける例であり,10)は連続する場面の切り替わりと共に健吉が発した寅さんへの呼び方が切り替わった例である。10)ではフォーマルなオフィスの場面からインフォーマルな居酒屋の場面への切り替わりによって,あるいはそれに伴う健吉の打ち解けた心理によって,呼称の変化が見られる場面である。呼称表現に着目すれば,このように映画の場面性や登場人物の心理的な機微を追いかけることができて,ストーリーの理解につながる。これも語彙から見た教材価値の一つと言えるだろう。場面を探せば,一連の談話の中で語彙の体系性に着目した指導が可能な場面がある。例えば次の例では,反対語が数多く使用されている場面であり語彙指導の取り出しが可能である。11)竜:そうだよお前,あの先生の頭ン中には難しい学問がいっぱいつまってるんだよ。  竜:色恋なんかするもんか,お前じゃあるまいし  寅:妙なこと言うねえ,それじゃなにかい,俺みたいな下等な人間だから恋をして,  寅:先生みたいな上等な人間は恋はしないと,おじちゃんはこう言うのか  竜:ああそうだよ  寅:じゃ,恋は下等な人間のするものか?  竜:決ってらア     (中略)  寅:ほう,誰もそういう気持ちを知らねえってのか,不幸せだねえ君たちは!  竜:寅ほど幸せじゃねえよ,みんな  社:そうだよ  寅:なんだい,それはどういう意味なんだよ?え?幸せなのはおいちゃんだろう?  竜:俺は不幸せよ  寅:な に言ってやんで,倖せのかたまりみたいな面しやがって,不幸せぶるなって言ってんだよ  竜:不幸せだから不幸せだって言ってるんだよ  寅:冗談じゃないっつうの!  博:幸せですよ。な,さくら  つ:そうよ,いつだって寅ちゃんは幸せだってみんなで言ってんのよこの場面では,反対語の指導が可能となっている場面であるが,「上・下」や「不」といった部分に着目させれば,意味的な側面だけではなく,語彙構成の面からも語彙力増加の契機を与えること(『男はつらいよ』第10作)   

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