早稲田日本語教育実践研究 刊行記念号
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●1275)b  「きっちゃてん」,「コーシー」など寅さんは必ずしも今の日本における一般的な日本語で8)富永:そもそもインダストリアル・レボリューションという用語は……中山英治/日本語教育における映画の一般的な教材価値と社会参画を支援できる教材価値特集 教室中心主義からの解放/寄稿論文話しているわけではない。(10春)日本語の規範性やその規範性からの逸脱から主人公のキャラクターを考えるという側面は,この映画を教材にする上で一つの教材価値を提供できる点であると言える。寅さんに限らず,他の登場人物の話し言葉に関して同様の指摘をした日本人学生もいた。6) 舞台は下町ですが,登場人物はいろいろなタイプの日本語を話していました。さくら夫妻の言葉が一番教科書に近く,その他,車家の人々は下町の言葉,和尚さんや御前様は僧侶として,米倉斉加年は警官としての言葉,樫山文枝は山の手の言葉,そしてこの作品では,桜田淳子が山形訛りを話していました。(10春)類似する教材価値としては,寅さんにとって難解なカタカナ語を間違って使ったり,聞き返したりする場面にも見られる。こうした部分は,寅さんの無教養さを示すものである。7)志津: ええ。日記に,自殺とは人間だけがとりうる最も英雄的な行為である,なんて書いてあるんです。 寅:ハ ハア,そりゃ完全なイロノーゼですよ。尻ッペタの青いインテリがとかくかかりがちなイロノーゼって奴ですね。 寅:つ まり,色気ってものが頭にのぼってくるんでそれでイロノーゼです。これは,すぐなおるんじゃないですか。 志津:なおるでしょうか。(『男はつらいよ』第3作) 寅:はい。その,それだよ,インドの通りゃんせっての。それ,わかんない。 富永:君,君は産業革命を知らないんですか。(『男はつらいよ』第40作)音韻的な情報と語彙的な情報とが交錯する部分であるが,映画『男はつらいよ』が持つ喜劇性が言語的な要素と結びつきながら,教材価値として現れてくる部分であると言える。本授業科目の受講を通して,学生たちがよく指摘するコメントに「会話のスタイル」や「カジュアルな口語体」などもある。教科書教材の副教材として映画『男はつらいよ』は,会話の実践的な教材価値を持つことを指摘する学生が多かった。具体的には「〜しちゃう/しちゃった」のような縮約形,言いさし,省略などである。4.2 語彙・文法の側面映画『男はつらいよ』の語彙的な側面から教材価値を取り上げた回では,大きく分けて2つの教材価値を取り上げた。一つは「呼称表現」で,もう一つは「類義語・反対語」である。このうち前者の呼称表現とは,中山(2009)で取り上げたとらやの家族が寅さんをどのように呼び分けているかといったことや,その他に次のようなものもそれに含まれる。9)竜造:バカ,お前のおやじだ。 寅:おやじ?…… さくら:そうよ,今日はね,お父ちゃんの二十七回忌よ。 寅:フン,なんでえ,ハハハ……おやじの法事かァ,チェッ下らねえなあ。 竜造: 何が下らねえんだ。実の父親の法事も知らねえで,どこをほっつき歩いてたんだ,本当に。

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