●1261)この映画を理解するには相当高いレベルの日本語力がないと難しいだろう(10春)3) 日本語のスピードはちょっと速いから,初級中級(の下のレベル)の学生には無理なところ1)と2)のコメントは日本人学生から出たコメントで,3)のコメントは外国人学生から出たコメ4) 日本語能力がある程度高い人でないと,作品を楽しみながら勉強できるどころか,かなり苦(10春)aが映画のセリフで,bが学生のコメントである。4.映画の一般的な教材価値:日本語が素材の教材価値(表のシラバス)早稲田日本語教育実践研究 刊行記念号/2012/119-137ここでは,前節3.で述べた授業計画のうち,日本語が素材となる教材価値を中心に具体的な考察を進めたいと思う。資料としては,学生の授業カルテと担当者が作成した配付教材が中心となる。映画『男はつらいよ』のスクリプトも参照する。4.1 音声・音韻の側面本授業科目では授業計画の中に「車寅次郎(主人公)の話す・書く日本語分析」という回があり,取り上げる話の中心は,話し言葉の問題を扱った。話し言葉を中心としたセリフは,映画の理解には欠かせない。映画『男はつらいよ』を日本語教育の現場で使用する場合,やはりその聞き取り指導への利用は,一つの教材価値となるだろう。しかし,大変興味深いことに受講者の書いた授業カルテでは,毎学期とも必ず出てくるコメントとして「映画『男はつらいよ』は上級の学習者に見せて授業を行うべきです。」といった意見が出る。以下は授業カルテに書かれたコメントである。(カッコ内は年度と学期を表している。)2)多人数の,俗語による早口な会話は初級者には難しいもののように思った。(11春)があるように思われます。(10秋)ントである。両者ともこの映画の早いセリフ回しから見て,高度な日本語能力が求められるという意見を披露している。本授業科目ではこのコメントに対して,「映画の理解を求める教材化」と「映画の理解を求めない教材化」の区別を示している。映画の理解を求める場合は確かにそれ相応の日本語能力が必要になることが多いが,何も映画を使うからといって,常にその映画のストーリーを理解することが前提になる授業デザインばかり考える必要もない。音声や音韻に着目する教材化の例として,本授業科目では寅さんの商売シーンを取り上げて,口上としてよく登場する「ものの始まりが一ならば,国の始まりが大和の国……」や「ヤケのヤンパチ日焼けのなすび……」などを聞かせて,数字だけを聞き取らせたり,知っている語彙を取り出させたりしている。そして,そこから派生して「口上とは何か」,「日本語におけるリズム」などを対象化していくわけである。この映画を見始めた頃は,何だか訳が分からずに聞いていた学生も何度も聞くうちに聞き覚えてしまったり,その面白さに気がつくようである。ある程度の日本語能力が前提で指摘したコメントの中には,次のように音声的な側面から言語的な予測能力を指摘する外国人学生もいた。労するでしょうね。そして使い方ですが,まずは聴解力と推測力が高められると思います。また,ある日本人学生は,寅さんの人となりを音声・音韻的な面から次のように指摘している。5)a 寅:駅前のキッチャテンよ。うん?何してるって,一人でコーシー飲んで考えごとしてるのよ。(『男はつらいよ』第16作)
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