●124(1)留学生の日本語能力や日本人学生の専門的知識を見て受講を限定しない(3)映画を作品として視聴することはしない。視聴する際は必ず教材化して視聴する3.2 授業コンセプト本授業科目の授業コンセプトには大きく分けて3つのコンセプトがあった。それは,「1.はじめに」で述べた教育的文脈に並行する次の3つの授業コンセプトである。【授業コンセプト】(2)全参加者が交流できるような提出物へのきめ細かいコメント付け及びその共有このうち(1)というのは,次のようなことである。様々な異文化的背景を持つ学生たちが交流できる混在型クラスをデザインしたいので,留学生の日本語レベルで受講を限定せず,何とか担当者の話す日本語に着いていけるだけの日本語能力があれば受講を認めることにした。これまで留学生の受講者は,中級から上級の日本語レベルが揃っていたが,学生個々人の日本語レベルはまちまちであった。常に電子辞書を片手に持ちながら,授業を聞く学生もいれば,授業中にたどたどしい非規範的な日本語で質問をぶつけてくる学生もいた。本授業科目においては,こうした日本語能力の差を評価に反映することはしなかった。そうではなく,本授業科目の中では日本語の出来不出来をそのまま受け入れたり,学生同士で日本語能力の差を埋めていく関係性づくりを重視した。例えば,本授業科目の実践の中では「留学生の人たちに日本語の説明をするのって難しい。(11秋)」「普段あまり意識していないことを聞かれると対応できないこともあることがわかった。(11秋)」などといった意見を聞くこともあった。本授業科目が提供しようとした「小さな多文化共生社会」における言語接触の問題は,担当者の話し方や説明に依存するばかりでフォローされるのではなくて,学生同士の協働の中で乗り越えられるべきだというのが本授業科目の授業コンセプトとして特に重視したことである。また,こうした授業コンセプトの裏には,学習という機会を教室に限定せず,学生の様々な生活場面においても同様の状況が生まれているだろうという想定があった。教室中心主義を脱却する方法の一つとしてもこの授業コンセプトは重要であった。(2)の授業コンセプト実現には前に述べた授業カルテの存在が大きい。この授業カルテには,学生の氏名や所属などの個人的な情報を書く欄以外に受講者の授業での学びや気づき,担当者からのコメントなどを書く欄があり,担当者は,色ペンを使ってすべての授業カルテにコメントを書き入れていく。テーマによっては,その授業カルテをまとめてクラスで共有できる資料を別途作成したりしている。また,ネットポータルや担当者の個人メール宛に質問ができる体制も整えているので,参加者全員による多方面からのインタラクションが可能となっている。すべてのテーマに関して授業カルテの課題を出すので,欠席した学生がいた場合でもネットポータル上のお知らせ配信を利用して授業内容と授業カルテの課題も必ず伝え,後日になっても授業カルテを提出するように求めている。もちろん,授業カルテは大きな評価の対象にしている。(3)の授業コンセプトというのは,(1)の授業コンセプトとも絡むが,次のようなことである。本授業科目では映画を視聴する際,外国人学生に対してその映画の語彙や文法的な知識を前提とした理解を求めないということである。極端に言えば,視聴した映画の場面理解が「自立的に」できなくても,「担当者の補足」や「学生同士の協働」で理解できればよいという態度である。本授業科目の学期開始のオリエンテーションでは,必ず外国人学生から日本語能力に関する心配の声が出る。映画の日本語が聞き取れなかったり,わからない言葉が出てきたりした時の不安である。そのとき必ず説明するのは,「自らの日本語に自信がなくても担当者やクラスメートと日本語でコミュニケーションすること」や「授業中にわからなかったこ早稲田日本語教育実践研究 刊行記念号/2012/119-137
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