●1223.「日本語教育教材考:映画『男はつらいよ』の日本語と日本文化」の授業概要早稲田日本語教育実践研究 刊行記念号/2012/119-137実践方法がある程度確立されたとみてよい。90年代後半から現在まで学習者の多様化は拡大の一途をたどり,それに伴って教材の多様化も進み,視聴覚教材の使用法や実践報告も積み重ねられてきている。2.2 映画を使用した実践研究本授業科目は,視聴覚教材の中でも映画という媒体を使った実践である。これまでの実践研究の中にも映画を取り上げた実践研究があった。ここではそれらの研究を整理してきたい。松岡・宮本(2003)は,地域の日本語教室の学習内容に関する現状と課題を踏まえて,大学や日本語学校で行われる体系的知識の習得を目指したシラバスやカリキュラムが基礎となる言語形式(文法や語彙など)を中心とした学習に疑問を投げかけて,地域生活上のコミュニケーションの観点から映像教材の調査を実施している。結果として外国出身者は,社交表現(あいさつなど)や機能表現(依頼・謝罪など)に関する場面に即した定型表現に注目するという事実を指摘している。この調査で取り上げた映像資料は,日本語教育用の『日本語教育映像教材初級編「日本語で大丈夫」(国立国語研究所監修)』であったが,言語の構造的な側面だけでなく社会言語能力や社会文化能力への示唆を示している点が本授業科目の教育的文脈とつながり参考となる。映画素材の日本文化に着目した実践には,桑本・宮本(2006)や大川(2006)などがあったが,これらは,日本事情の授業や日本文化を学習項目の射程に入れた実践であった。いずれも映画の教材価値を考える中の文化的な価値の側面を強調している。本授業科目の一般的な教材価値と重なる点で,映画を利用した実践の中でもオーソドックスな方法であると言える。本稿で言うところの教材価値論の観点から見れば,桑本・宮本(2006b)の報告のうち,「4.2使用した映画作品のテーマによる分類」が日本語教育的な視点からさらに吟味され,かつ「5.おわりに」で述べている「多数の映画から抜き出して鑑賞し,比較検討するという方法」が続けられれば,映画の教材価値研究にとって非常に有意義な研究となるように思われる。ここでは,本授業科目の概要について,受講者の詳細と映画の内容を踏まえて,授業のコンセプトとシラバスの2つの観点に分けて,整理しておきたいと思う。3.1 受講者の詳細と映画『男はつらいよ』の説明本授業科目は,「1.はじめに」で述べたように異文化間の交流を背景にした留学生と日本人学生の混在型クラスであった。具体的な受講者の詳細をまとめてみると,次のようになる。登録者数というのは,本授業科目に興味や関心を持って,学期開始当時に授業登録をした学生の数である。受講者数というのは,本授業科目の登録を済ませた後,オリエンテーションに参加してその後も受講を続けた学生の数である。毎学期,登録者数より受講者数の方が少なくなるのであるが,外国人学生のうちで登録だけして初めから来なかった学生はいたが,オリエンテーションで授業の概要やコンセプトを聞いて受講をキャンセルした学生は,0人であった。受講した学生の中には,本授業科目の混在型クラスの利点を理解し,本授業科目のおもしろさを授業カルテに記載した学生もいた。これまでの受講者は,本授業科目の形態に対して理解をしながら受講したことがうか
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