●117Sさん: 宣伝の役割を与えられたことが分かったら,とても感謝しました。そして,もう一人中山由佳/ひととものをつくる特集 教室中心主義からの解放/寄稿論文しい討議を重ねてきたからこそ,日本語の上達もとても速かったと感じます。この面から見ると,台本の筆執も大分役に立ちました。」(Qさん)など,日本語の学びに関する認識も見られた。また,学習者の中には,ボランティアに自然な日本語を教えてもらえてよかった,発音に意識的になった,などの振り返りも見られた。3.1.4 専門との関連付け本実践では,様々なアカデミック・バックグラウンドを持つ学習者が集まるが,自身の専門にひきつけた学びを得られた学習者もいた。以下は,母国で劇作家であった学習者の振り返りである。Rさん: 私は,国では劇作家として働いていましたが,今回プロではなくて「アマチュア」の人たちと一緒に作り上げたおかげで,私の頭のなかで固くなっていた観念に新鮮な風が入ってきました。普段,仕事として書くときは,一人で考えながら書き上げることが多いのですが,今回のようにみんなでアイデアを出し合うのもひとつの新しい方法ではないかな,と思いました。また,マーケティングを専門としている以下の学習者は,宣伝係を担当したが,宣伝活動のプランを練ることにより,活動の幅を広げ,学びがあったようである。の宣伝担当,Tさんと二人で宣伝方法などを考え始めました。まずは,宣伝チャネル,つまりどこで誰にその演劇について知らせるべきか,または何を使って対象観客に知らせるべきか,という疑問を解決するのが第一歩でした。お互いの意見が他のアイディアを生み,ブレーンストーミングがかなり役に立ちました。……(中略)……宣伝の役割のおかげで,あるイベントのマーケティングを経験できました。さらに,その中で,自分にとって,宣伝のどの部分が好きかまたはどの部分が嫌いか,ということが分かりました。3.2 本実践の意義以上,学習者の声をまとめると,本実践の第一の意義は,まず,「深いコミュニケーションを行う機会の提供」ではないだろうか。本実践が「ひとつの作品をみんなで作り上げる」という活動内容であるため,グループワークが必須である。好むと好まざるとにかかわらず,他人と関わらずには,ゴールに到達できない。個人タスクの場合,ディスカッションは行うが,成果物はあくまでも個人に帰属する。その点で,最終的な取捨選択の判断主体は個人となる。しかし,グループでひとつのものを作ってくというプロセスにおいては,成果物は自己と他者の共有物である。せっかく作るものなのであるから,納得したものを作りたい。個々の学習者は,それぞれ思惑,美学,価値観がある。制作の過程においては,自己と他者ののっぴきならないせめぎ合い,葛藤を経験する。他者を拒絶することはできない状況において,できることは,忍耐強く説明し,議論を重ね,検討し,より納得のいくもの,状況を生み出すしかないのである。そうした必然的議論の場に立ち会うことによって,より深いコミュニケーションを経験することになるのではないか,と考える。
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